青森地方裁判所 昭和26年(行)32号 判決
原告 金沢時司
被告 青森県農業委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告(当時青森県農地委員会)が原告の訴願(別紙目録記載の山林につき昭和二十六年二月二十八日後潟村農地委員会のたてた買収計画に対する原告の訴願)に対し昭和二十六年八月九日なした裁決中右訴願を認容した部分を除きその余の部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めその請求の原因として、
「(一) 訴外後潟村農地委員会は原告所有の別紙目録記載の山林につき、昭和二十六年二月二十八日自作農創設特別措置法第三十条第一項第一号を適用して買収計画をたて、同年三月六日その旨を公告し同日以降法定の期間関係書類を一般の縦覧に供した。そこで原告は右計画を不服とし同月二十三日同委員会に異議を申立てたが、同年四月十四日棄却されたので更に同月二十日被告に訴願したところ、被告は同年八月九日右土地の中西北部六反七畝二十二歩の部分については原告の訴願を認容し、当該土地に対する部分の右買収計画を取消し爾余の東南部三町の部分(以下本件土地と略称する)については原告の訴願を棄却する旨の裁決をし同月十三日原告にその裁決書を送達した。
(二) しかし(イ)本件土地は農作物の栽培には到底適しない。右土地を含むその附近一帯は従前は赤い砂土の不毛の土地であつて、俗に赤平といわれてきた所である。現在杉林となつているがこれは原告の先代が幾多の困難と障碍を排除して植林し刈払間伐をし撫育した結果によるものである。今これが開墾に着手し樹木を伐採したとするならば、数年を出でずして従前の如き不毛の土地と化すること火を見るよりも明である。(ロ)また本件土地は水害防止水源涵養上必要欠くべからざるものである。本件土地の所在地後潟村大字左堰一帯は昭和十八年夏豪雨のため一夜の中に耕地道路家屋といわずすべて濁流に呑まれ農作物は壊滅し橋梁は流失し洵に悲惨な状況を呈した。これは当時本件土地附近の山林を乱伐したことに因るものであるから、本件土地を開発し樹木を伐採すれば雨水は一時に流れ氾濫し右のような水害を招くこと前記事例に徴し必定である。一方本件土地に注ぐ雨水は地下に滲透し下方に位置する小溝を通じその東北方一帯に亘る水田の灌漑用小堰に流れ込んでいるから本件土地を開拓したならば、この水源は枯渇し右水田の耕作は著しく困難となること明白である。(ハ)更に本件山林は風害防備公衆の保健風致維持資源確保等の立場から考えてもこれを開発することなく存置すべきものである。以上(イ)(ロ)(ハ)において説明したような事情を無視して敢てたてた本件買収計画は違法であつてこれを支持し、原告の訴願を排斥した被告の本件裁決(原告の訴願を認容した部分を除く)もまた違法にして取消さるべきものである。」
と述べた(立証省略)。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め答弁として、
「原告主張事実中(一)の事実は認めるが(二)の事実はすべてこれを争う。(イ)本件土地は現に赤松と杉の植林地であつて表土は深さ三十糎乃至六十糎の黒褐色の埴土心土は粘質の埴土によつて形成され農作物の栽培に適する土地で原告主張のような不毛の土地ではない。(ロ)また本件土地はすべて平坦乃至緩かな傾斜地でこれを略西南方より東北方に向い二本の小沢が流れているが、何れも水量極めて僅少にして地内において全く地下に滲透し東北方にある小溝には注いでいない。かかる状況の下において僅か三町の本件山林を伐採したからといつて水害の発生する虞もなければ水源を枯渇させ、東北方一帯の水田の耕作を困難ならしめるようなことはない。(ハ)その他風害の防備公衆の保健上或は風致維持のため本件山林の伐採を禁止しなければならないような特別の事情もないし、資源確保上特に本件山林を保護育成しなければならないような事情もない。よつて本件買収計画には原告主張のような違法な点はなくこれを支持した被告の裁決にもまた違法な点はない。」
と述べた(立証省略)。
三、理 由
凡そ政府は、自創法第三十条を適用して山林を買収するには、その土地が農地として開発するにつき社会的経済的自然的諸条件に適合しているかどうか、換言すれば開墾適地であるかどうかについてのみならず、自作農創設を目的として、その土地を開発することがその政策自体において矛盾しないか、政府の他の政策殊に災害防止資源確保上森林の存置保護育成を目的とする政策と互に妥協し得る範囲内にあるかどうか、即ち公益に適合しているかどうかについても考慮しなければならないのであつて、その土地自体が開墾に適しない場合、或はこれを農地として開発することがその政策自体において矛盾したり、政府の他の政策と互に妥協し得ないときこれに対する同条による処分は正当なものであるということはできない。しかし右のような開拓適否の認定は政治学術上の専門的知識経験を要するものであるから、同条は更にこれを政府の自由裁量に委ねる旨規定したと解するのが相当である。したがつてこの認定に過があつたとしてもそれのみによつて直にこれに基ずく処分が違法となるものではない。さればといつて政府の専恣を許すというものではなく、右認定の過が明白且顕著である場合これに基ずいてなされた処分は裁量の限界を逸脱したもので違法な処分であるといわなければならない。本訴も本件買収計画乃至裁決に叙上の如き裁量の限界を逸脱した違法のあることを主張するものとみなければならないから、以下かような見解に従つてこれにつき判断を加えなければならない。そこで、
後潟村農地委員会が原告所有の別紙目録記載の山林につき、昭和二十六年二月二十八日自創法第三十条第一項第一号を適用して買収計画を樹立し、同年三月六日その旨を公告し同日以降法定の期間関係書類を一般の縦覧に供したこと原告がこれを不服としその主張日時その主張のように異議訴願をなし、被告が右訴願に対し同年八月九日原告主張のような裁決をして同月十三日その裁決書を原告に送達したことは当事者間に争がない。
(イ)証人矢野元吉の証言及び同証言により真正に成立したと認める乙第十二号証の三受命裁判官の検証の結果を綜合すると、本件土地は地層平均一米表土三十糎以上にして黒褐色壤土、心土粘質の埴土であつて落葉松赤松杉等が植生しその生育状況は概して佳良であることが認められる。右認定に反する証人秋谷二郎の証言は右証拠に対比して遽に信用できないところであり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて本件土地は農作物の栽培に適しない不毛の土地だということはできない。(ロ)また右検証の結果によると本件土地はすべて平坦乃至緩傾斜地であることこれを略西南方より東北方に向け二本の小沢が流れているが、この沢は何れも水量極めて僅少であつて、しかも右土地内東北方平坦部において全く地下に滲透し消滅していることが認められる。右認定の事実と本件山林の地積等を綜合勘案すれば本件山林を伐採したとしても、これによつて雨雪のため洪水を起し下方に位置する耕地道路等を壊滅せしめ或は水源を枯渇させ東北方一帯に亘る水田の耕作を著しく困難ならしめるものであるということはできない。(ハ)更に原告は本件山林を風害防備公衆の保健風致維持資源確保上開発することなく存置すべき旨主張するのであるが、飜つてこれを農地として開発することもまた政策の一でなければならないから、果してこれを存置すべきか否かは更に綜合的な立場から両者を比較考量し、その結果に俟たなければならないのであつて、風害防備公衆の保健風致維持資源確保上存置の必要があつたとしてもそれだけで直にこれを農地として開発してはならないものであるということはできない。右に述べた比較考量を誤りその過誤が明白顕著であるとき、即ち本件山林を農地として開発することにより明白に著しく風害を発生せしめ、公衆の保健風致森林資源等を害するものと認められる場合始めてこれが開発を目的とする処分を違法であるということができるのであるが、そのような事情のないことは受命裁判官の検証の結果によつて明である。
以上説明したとおり本件買収計画には原告主張のような違法はなくこれを支持し原告の訴願を排斥した被告の本件裁決(原告の訴願を認容した部分を除く)にもまた違法な点はないものといわなければならない。よつて本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 工藤健作 中島誠二 野原文吉)
(目録省略)